前回の「HDRについて その1」では、SDRとHDRの画像を比較しました。今回は、その比較に使用した画像をどのように作成したのか、技術的な背景を解説します。
かなり専門的な内容も含みますので、興味のある方のみ付き合いいただければと思います。
ACESやカラーパイプラインの基礎知識があることを前提に説明させていただきます。
HDR静止画にAVIFを使用した理由
今回のHDR静止画には、AVIF形式を使用しました。AVIFは、Google、Apple、Microsoft、Netflixなどが参加するAlliance for Open Media(AOMedia)によって策定され、2019年に最初の正式仕様が公開された画像フォーマットです。
JPEGと同じく画像圧縮を前提としながら、10 bitや12 bitといった高い階調精度に対応し、HDRや広色域の画像も扱えます。現在では、主要なブラウザは対応済みです。
ブラウザでHDR表示するために必要な情報
今回のHDR画像は、P3-D65/ST 2084(PQ)の色空間で作成し、AVIF形式で保存しました。今回はlibavifを使って、ソフトウエアを自作しました。ただし、画像をAVIFに格納するだけでは、ブラウザが意図どおりにHDR表示することはできません。色域や伝達特性を示す適切なヘッダー情報が必要です。
主に設定するパラメーターは次のとおりです。
avifColorPrimaries:AVIF_COLOR_PRIMARIES_BT2020またはAVIF_COLOR_PRIMARIES_SMPTE432(D65 P3)avifTransferCharacteristics:AVIF_TRANSFER_CHARACTERISTICS_SMPTE2084(PQ)
色空間を定義して、RGBの値の意味を明確にしています。
さらに、avifContentLightLevelInformationBoxには、次の輝度情報を設定できます。
- maxCLL(Maximum Content Light Level):画像内で最も明るいRGB値(cd/m²、nits)
- maxPALL(Maximum Picture Average Light Level):RGB各成分の平均値のうち最大の値(cd/m²、nits)
これらの情報をもとに、各デバイスはHDRのハイライトをどのようにトーンマッピングして表示するかを判断します。たとえば、最大輝度400 nitsのディスプレイで、画像のmaxCLLが1000 nitsに設定されていれば、400nits以上の画素のディテールを400nits以内に収めるトーンマッピングという処理を行って表示を行うことが期待されます。画像の印象は保たれますが、正確さは失われます。逆に、maxCLLが400 nits以下であれば、トーンマッピングは行われずに、画像の正しい情報が画面に表示されることが期待されます。

MacBookでHDR表示を測定
実際の表示の精度を確かめるため、17ステップのグレーパッチを表示して輝度特性を測定しました。
まず、比較基準として、精度の高いマスターモニターであるSONY HX310の測定結果を示します。

横軸は、PQスケールにおける0〜1のパッチ値です。10 bitの場合、(0, 0, 0)から(1023, 1023, 1023)までの17点を測定しています。
縦軸は、PQ規格の目標輝度または実測値です。最下部が0 nits、最上部がPQの最大値である10,000 nitsに相当します。水色のカーブは対数スケールで表した目標値、水色の丸印は実測値です。両者はよく一致しており、非常に正確に再現できていることが分かります。
1000 nits付近から右側では、ほぼ同じ値が測定されています。これは、モニターの最大輝度を超える信号が最大輝度でクリップされているためです。黄色のカーブはリニアスケールの目標値で、黄色の測定点も目標カーブによく一致しています。
この特性を基準として、MacBookの挙動を確認してみましょう。

私が所有しているMacBook 2023 M2 Proのディスプレイ設定の輝度を最大にして同じ測定を行いました。最大輝度は1237 nitsに達し、このマシンではピーク輝度不足によるトーンマッピングを心配する必要はなさそうです。
一方、グレースケールは目標となるシアンのカーブからやや外れていました。そのため、このMacBookでAVIF静止画を評価する場合、厳密な判断ではなく参考レベルにとどめるのがよさそうです。
静止画と動画では表示特性が異なる
ST 2084(PQ)のHDR ProRes動画も作成し、同じように測定しました。結果は静止画とは大きく異なり、動画では目標のPQのカーブにかなり近い特性が得られました。この結果を見る限り、HDR動画のレビュー用途には十分使用できそうです。

静止画と動画では、MacBook内部で異なる表示制御が行われていると考えられます。完全に正確な再現とは言えないものの、静止画でもHDRの高輝度を表示できることは確認できました。
今回使用した4種類のカラーパイプライン
ここからは、前回の比較で使用した4種類の画像を、どのようなカラーパイプラインで作成したのかを説明します。元の素材は、S-Log3/S-Gamut3.Cineとして現像されています。
1. SDR(ACES)

SDR画像は、ACES 2.0を使用して作成しました。S-Log3/S-Gamut3.Cineの素材をACESのカラーパイプラインで処理し、最終的にRec.709へ変換してJPEG形式で保存しています。
トーンカーブは下記です。横軸がSLog3、縦軸がRec709のフルレンジになっています。
2. SDR(ACES in HDR)

HDRコンテナに格納したSDR画像も、Rec.709までは「1. SDR(ACES)」と同じ処理です。その後、CST(Color Space Transform/色空間変換)を使って、D65 P3/ST 2084へ変換します。
この最後のCST処理では色そのものの意味、つまりXYZ値を変えず、格納先の色空間に合わせてRGB値だけを変換します。得られた画像をAVIFに格納し、HDRとして正しいヘッダー情報を設定します。表示プロセスはHDRですが、画像の色と明るさの基準はSDRのままです。
同じAVIFフォーマット、同じ画像で、ヘッダ違いを見てみましょう。左がHDRヘッダーあり、右がHDRヘッダー無しです。
ヘッダが正しく機能していることが確認できます。
SDRとHDRで明るさが違って見える理由
本来は同じ色を表すはずの「1. SDR(ACES)」と「2. SDR(ACES in HDR)」が、実際の画面では大きく異なって見えました。理由は、SDRとHDRで明るさの扱いが異なるためです。
ST 2084(PQ)によるHDR再生は、ディスプレイの性能が異なっても、可能な範囲で明るさの絶対値を維持して表示する規格です。最大輝度300 nitsのモニターでも1000 nitsのモニターでも、100 nitsを意味する画像データは100 nitsで表示されることが基本です。そのため、「2. SDR(ACES in HDR)」は、最大輝度100 nitsのSDR画像として表示されます。
一方、SDRのマスタリングモニターは一般に最大輝度100 nitsで運用されますが、民生用モニターでの表示輝度は、その機器や再生システムの設定に左右されます。たとえば、最大輝度150 nitsのモニターでは150 nits相当、80 nitsのモニターでは80 nits相当で表示されることがあります。
HDR対応で300 nits以上の輝度を持つモニターにSDRを表示した場合の挙動も、再生システムによって異なります。これまでの測定経験では、200 nits程度のSDRとして表示されるケースが多く見られました。
つまり、「2. SDR(ACES in HDR)」が「1. SDR(ACES)」より暗く見えたのは、HDR側では100 nitsという絶対的な明るさで表示される一方、SDR側は再生環境によって100 nitsより明るく表示されることがあるためです。
この関係をグラフ化してみました。縦軸はPQのスケールで描画しています。SDRは200nitsで表示されることを想定しています。
3. HDR(ACES)

「3. HDR(ACES)」もACES 2.0で作成しています。「1. SDR(ACES)」との主な違いは、出力変換です。従来RRT+ODTと呼ばれていた処理は、ACES 2.0ではOutput Transform(OT)と呼ばれます。ここではHDR用のOutput Transformを使用し、完成した画像をHDRのヘッダー情報とともにAVIFへ保存します。
グレースケールのグラフは下記の通りです。横軸がSLog3で縦軸がPQです。
4. HDR(Scene)

「4. HDR(Scene)」は、撮影時の色情報をできるだけ忠実にモニター上へ再現することを目的としたパイプラインです。
この処理にはRRTやODTを含めません。S-Log3/S-Gamut3.Cineから色そのものを変えずに、格納する色空間だけを変更し、それに対応するRGB値を計算します。この映像をHDR表示すると、撮影シーンの色と明るさに近い映像を再現できます。ただし、カメラセンサーに起因する誤差は残ります。
ここまで4種の画像作成のカラーパイプラインの説明をしてきました。この4種のグレイスケールを1枚のグラフにまとめたものが下記のグラフです。見やすくするために横軸もPQに変換しています。よって、「4. HDR(Scene)」は45度の直線になります。
まとめ
今回は、前回使用したSDR/HDR比較画像の作成方法と、MacBookでの表示測定結果を紹介しました。AVIFでHDRを正しく扱うには、色域・伝達特性・輝度情報などのメタデータを適切に設定する必要があります。
また、同じディスプレイでも静止画と動画で表示特性が異なる場合があり、評価時には再生経路の違いにも注意が必要です。
次回は、今回使用したMacBookとLGのOLED TVを対象に、色再現も含めたHDR再生環境の評価について解説します。
